アニータ・シュリーヴ 『いつか、どこかで』
2006-11-03読了 ○
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海辺の町で保険業を営むチャールズは、ある日の新聞の書評欄に見つけた詩人の顔に驚いた。十四歳だったころにサマー・キャンプで出逢った少女ショーン――やがて始まったふたりの文通は、三十一年ぶりの再会につながる。ついに叶わなかった初恋の思い出が影をおとすなかで、互いに家庭の問題を抱えながら、チャールズとショーンは情事に溺れてゆく……。
『パイロットの妻』[感想]がおもしろかったシュリーヴの、高見浩による翻訳第二弾。
濃密でとても読ませます。不倫の愛は、ときに耐えきれないほど生々しい裏切りを強い、ふたりの主人公はずるい人間にならないわけにいかない。それでも、やはり恋には美しい瞬間があって、あとに残るのはそういう場面ばかりなので苦しくなる。取り戻せないものがあると知ったとき、ひとはどうしてこんなに一生懸命になるんでしょう。
『パイロットの妻』でも思ったように、シュリーヴの小説は語り口がとても淡々としていて、抑制がきいている印象です。この『いつか、どこかで』では、その文体が前作よりもさらに効果的だったと感じました。狂おしい恋愛が主題になっているだけに、感情に走らない文章が必要だったというか。
また、チャールズとショーンがこなさなければならない日常の些事や、かれらの家族を書き込むことで、ふたりがやっと出逢えたわずかな時間がほんとうに貴重で、輝いていることがわかります。その恋がどれだけ身勝手かということも。こういうことを冷静に綴る一方で、十四歳のサマー・キャンプを回想するときの文体は透明で瑞々しい。どちらもシュリーヴの持ち味だと思います。
このふたりがおちいったものって、愛というよりも恋と呼ぶのが適当な気がします。急き立てられるような感じも、相手を求めるあまりに要求が多くなるところも、なにより十四歳だったころに叶わなかったものをなんとか成就させようとしているところが。
なので、わたしはとてもおもしろく読みましたけれど、恋愛小説に興味のないかたにはまったくお薦めできません。むかし好きだった相手に再会して、不倫して、なんなの?と思われてもしかたのない話ですから。
六十年代アメリカのポップスに親しんでいる人ならいっそう愉しめたのではないかと思います。文通をつづけていたふたりが再会を決意するきっかけとなったのは、チャールズがショーンに送った手作りのカセットテープなんです。当時のヒット曲ばかりを集めたもの。本の末尾には、曲目リストが載っています。
原題にもなった曲 Where or When の出てくる場面は泣かせる。とくにいちばん最後にこの曲が出てくるところはほとんど映画の一場面のようで、胸が痛みました。
それと、クリスマスの少し前に逢ったふたりが散歩に出かけて、凍り付いた夜の湖を靴のまま滑る場面が美しい。ここに現れる、この小説のもうひとつのテーマ曲といえるかもしれないのが、ブラームスの交響曲第二番です。
原書の出版は1993年で、まだいまほど電子化の進んでいない社会に、チャールズとショーンは暮しています。裏表紙の書評で翻訳者の鴻巣友季子さんが指摘しているように、この小説には電子メールも携帯電話も出てきません。
終盤の悲劇的な展開は、携帯電話があれば決して起こらなかったことですが、同時に第二部の、ふたりの往復書簡で成り立っている部分の美しさもなかったはず。手紙にしかない直の感情、気どり、不安や気の逸りにあふれていて、大好きなパートです。
ところで、ヒロインの名前“ショーン”は Siân と綴ります。ケルト系の名前、としてチャールズに深く印象を残していたらしくて、作中にも子の名前についての言及があります。日本語で字面だけ見ると男性名みたいですけれど、Jane のウェイルズ形なんだそうです(怪しい人名辞典参照)。
原書のご紹介。
Anita Shreve Where or When
Harvest Books 2005-10-04
関連リンク:
- 当ブログより: アニータ・シュリーヴ 『パイロットの妻』感想 (2006-01-24)
- 新潮社のサイトより: 鴻巣友季子による書評
- 怪しい人名辞典: Siân
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アニータ・シュリーヴ 『いつか、どこかで』
高見浩(訳)
新潮クレストブックス(新潮社) 2004-10-29 ¥1,900+税
Anita Shreve Where or When, 1993
2006-11-03読了 ○
[Amazon.co.jp] [bk1] [楽天ブックス]






